石川県の戦国武将を考える※本当に前田家はそうなのか

 
石川県の戦国武将といえばやはり前田利家でしょう。
しかし実質的には富山県と石川県ということになっています。
それは今の都道府県と昔の領地が違うから。当たり前ですね…。

ただ前田利家って石川県の人じゃないですよね。そもそも尾張出身の戦国武将で今で言えば名古屋人。

尾張は名古屋で今の日本を作ったのは名古屋人だと言われることは多いです。まあ確かに織田信長、豊臣秀吉など名古屋近辺の人達と言われていますから
そうなのかも。

ただ今は愛知名古屋の人ってそんなにいないような気はします。どちらかと言えば愛知はTOYOTAのイメージしかない。世界のトップ企業ですから愛知凄えっていうことなんですが。TOYOTAが愛知を支えていると言っても過言じゃないでしょう。

そういう意味では尾張地方は今も日本の中心の一つと言えるのかも。

今首都が東京なのは言うまでもなく徳川幕府の延長線上にあると思います。徳川家は三河なので関東の人達ですよね。関東といえば昔は田舎侍。今は東京に近いから都市のイメージがありますが、どうしても関西より落ちると思います。

関西や九州地方の方が文化水準が高い感じはしますよね。東京だけが突出していてその他に何があるんだ?と言われるとまあ横浜など関東には大きな都市もありますが、それでも目立つ文化圏って余りないような感じです。

石川県の元々の武将とは?


石川県って一体元々誰が武将だったのか気になりますよね。

前田家はそもそも外から来た人達ですから関係がないんですね。そこで思い当たるのが本願寺顕如でしょうか。お坊さんの武将なのか分かりませんが、信長に討たれた武将だと思います。

ただこの人は大坂本願寺を本拠地としていたので実際には大阪の人です。そして後に石山本願寺に隠居してというようにこちらは京都なんですね。まあですからゲームとかで本願寺顕如というと何か北陸の武将に思えますが、実際には関西人で戦国時代の中心都市の教団のボスっていうところでしょうね。だからなんで本願寺顕如が北陸武将なのかよく分かりません(笑)

加賀の一向一揆で自害した加賀領主!


実際には加賀の領主は本願寺顕如ではないです。そもそもの領主というのは富樫政親(加賀の守護大名)だったようです。

この人が最後の領主で最終的には例の本願寺顕如が教団のボスを務める一向宗による一向一揆で殺されちゃうんですね。一向宗という新興宗教なのですがついにこの人達が加賀という国をぶっ潰して自分たちの理想郷を作ってしまうのです恐。

これは例えばですが、今のよくある新興宗教の信者たちが一致団結をして金沢県の知事から議員まで乗っ取ってしまうという感じです。昔は戦でしたが今なら選挙で乗っ取る感じでしょうか。加賀という国は豊かではなかったのでしょうね、民衆の不満は宗教に向かっていたと。そしておそらく日本史上で初めて新興宗教の信徒達で一国をつくってしまったのです。

そのボスが本願寺顕如というわけですから、多分信長の野望とかでは本願寺顕如が加賀辺りで領主なんじゃないのかなっていうふうに思います。

しかし信長に討たれる


ただ最終的には信長軍団に本願寺顕如は討たれますね。やり過ぎるとろくなことが無いですが目障りなので寺ごと燃やされたり信徒も散々な目にあいます。そして結局は信長軍団の前田家が何と江戸幕府の間も領主として金沢・加賀藩に君臨することになるんですね。

戦国時代には加賀という領地は中心ではないことは確かです。結局、信長が覇者となっていくのは室町幕府をバックにして京都を中心に制圧していくからです。つまり日本の首都というのはその頃もまだまだ京都で、そこに比較的に近い尾張の武将織田信長という地理的な関係がありました。

そして大阪には大坂本願寺、本願寺顕如がいたのです。ただこの人は最初から武装化していたわけではなくただの新興宗教のボスだった人に過ぎません。結局農民の不満の受け皿の一つが一向宗という宗教だったのです。その不満が一向一揆に繋がり、信長をも苦しめました。

それを鎮圧して安定させたというのが信長の功績であるという見方もあるでしょう。ただ信長は最初から本願寺顕如という存在を気に入らなかったようで一向宗が自分に従わないとなると潰しにかかっていますよね。まあ法外な要求ばかりしていた信長も悪いわけでどうしても相容れないものが一向宗にあったのでしょう。

こういった戦国時代の騒乱に関東以東は入ってきません。やはりこの頃は金沢より田舎という感じの地域だったと言えるでしょう。全く歴史の外にある地域です。

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